旅日記6 マレー鉄道編前編  「国境をえて」

130日〜31日

 今日はマレー鉄道に乗って初の陸路で国境を越える日だ。僕は朝目覚めると散らかった荷物をバックに詰め込んですぐさまホテルをチェックアウトした。このホテルは多少信頼できそうなホテルだったので、カードで支払いをしたのだが金額を見て愕然とする。ホテル代2泊で約7000円、電話代2日間で15千円。例のトラベラーズチェックの件の影響がここでも痛くのしかかる。ホテルのマネージャーもうちのホテル代の倍以上だよと苦笑いを浮かべていた。僕もつられて苦笑する。

 まだ列車の時間まで時間があったので何か食べるものをと探すが、あいにく今日は日曜日でどこも閉まっている。地下鉄に乗ってアウトラムパークからラッフルズプレイスへと移動する。ここならどこか店も空いているだろうと思ったし、何より手持ちの現金があと3000円を切っていたので、念のためシティバンクでお金を下ろそうと思ったからだった。

 ラッフルズプレイスに着くとすでにおなじみとなったチャイナスクエアに顔を出す。しかしさすがに日曜日だけあってどこも殆ど休みだ。残念ながらシティーバンクもATMコーナー自体は開いていたが、カードを入れるとこちらの受け付けは終了していますの表示がでてきた。ただ奥の方にファーストフードの店が数件賑わいを見せていたので、僕はマクドナルドで時間をつぶしながらマレーシアの情報を頭に入れておくことにした。基本的に行ってみてからというスタンスは変わらないが、韓国の2の舞を踏まぬよう初日の予定だけはきっちり決める必要があると思ったからだ。

 2時間程そこでつぶして僕は隣の駅のタンジョンパガーへと移動する。手持ちの地図ではシンガポール駅にはここが1番近いような気がしたのだ。だが駅から歩けど歩けどそれらしきものが見当たらない。シンガポール駅はどこですかと尋ねるのだが、誰も知らないと首を振るばかり。そんなはずはないここからすぐのはずだがと言っても、ごめんなさい知らないのだとそんな答えが何度となく帰ってきた。

 まだ出発の時間までは2時間以上あったが国境越えの手続きを含む為、余裕を持って移動しておきたい事情があった。僕は止む終えず偶然見つけたタクシー乗り場から1台のタクシーにのりこんだ。

 シンガポール駅に行ってください。そう告げるがそんなものは知らないという。そんなばかなことがあるかと地図を広げて見せるが日本語の地図だった為よくわからないようだ。僕は自分の列車の乗車券を見せ、今日シンガポールからマレーシアに移動しなくてはいけないんだ!と叫んだ。するとレールウェイステーション?という答えが返ってきた。そう鉄道の駅だと頷くと、それならここからほんのすぐ先だとのこと。シンガポール駅のことをここではレールウェイステーションと言うらしい。彼は笑いながら少し大げさなジェスチャーを交えそう教えてくれた。

 駅に到着すると僕は金を払おうとポケットをまさぐる。3$12セント。メーターは3$20セントを指している。僕はしかたなくあと唯一の紙幣となった50$紙幣を出そうとすると運転手はオーケーオーケーと言って僕の手から3$10セントを持って行った。

 本当にいいのか?と言うと彼はノープロブレムと言ってにこやかに笑った。僕がありがとうと礼を言うと、良い旅をと返してくれた。シンガポールに来てからというものトラベラーズチェックの件もあってどこかちぐはぐな事の連続だったが、思った程悪い所でもないのかもしれない。

 駅に着くとすぐに両替屋があったのでマレーシアの通貨RM(リンギット)に交換する。正式にはマレーシアドルというのだが、リンギットの方が一般的だ。1RMが約30円。

 駅員に自分の乗車券を見せホームはどこだと聞くと2番だと教えてくれた。ただ後2時間もまだあるよと駅員はなんでこんなに早く来たんだとでもいわんばかりにあきれて言った。僕は平気平気と言って笑った。

 ホームに向かうと改札らしきものがあるが人っ子1人いやしない。いるのはカラスの群れぐらいなものだ。がらんとしたプラットホームを歩いて埃のかぶった長椅子に腰掛けた。

 ボールペンとメモ用紙を取りだしたまった日記を思いだしながらつけはじめる。ここの所バタバタしていてなかなか時間がなかったのでこれは良い機会だ。

 1時間半程たっただろうか、駅の職員が僕の所まで歩いてきてここで何をやっていると聞いてきた。列車に乗るんだと自分の切符を見せると入国審査はすませたのか?と聞いてくる。いやまだだけどと言うとここの入り口にイミグレーションがあるからそこを通ってこいと怒鳴った。怒鳴られたって誰もいないそっちが悪いんじゃないか。僕はぶつぶつと独り言を呟いた。

 入国審査は思った程より簡単だった。さすがに菊の御紋の威力は絶大で、日本人と言うことがわかるとたいしたチェックもせずに通してくれた。一応このシンガポール駅はすでにマレーシアということになっているらしい。ただまだその境界線がはっきりと決まっていないらしく、このシンガポール駅で一旦入国審査を済ませた後、鉄道で30分程いったところのジョホールバル駅の手前で、今度はシンガポールの出国審査が待っているのだ。入国より出国の方が後なんて僕達外国人には少しわかりずらい。

 しばらくすると列車が到着し乗客が皆一斉に乗りこんだ。僕は今回ファーストクラスの一番前の席だった。インターネットで申し込んだ為、2等も1等も大して料金がかわらなくそれなら1等がいいと申し込んだのだが、とてもファーストクラスとは言い難い代物だ。シートもボロボロで列車自体もかなりガタがきている。日本の各駅停車の電車の方がまだ幾分ましかもしれないなと思った。

 しばらく行くと全員一斉に列車を降りる。今度は出国審査をする番だ。僕の周りは皆中国人らしかったが荷物を置いてそのまま降りてゆく。僕は心配だったので重いバックパックとギターを持って降りることにした。出国審査はさらにあっけなく日本のパスポートをチラッと見ただけで出国スタンプを押してくれた。そのまま少し歩いて出口に行くがそこはまだ閉まったままだった。それから10分ぐらい待って扉が開き、再び皆自分の列車の席へと乗り込んでいった。

 列車が走りだすとまもなくジョホールバル駅についた。ここは98年フランスW杯の予選で日本代表がイランを破って初出場を決めたゲンの良い場所である。

 少し停車した後列車はまたガタゴトと音を立て走りだす。すると今度はミネラルウォーターのサービスがあった。マレーシアでは生水は絶対飲んではいけないと聞いていたのでこれはありがたい。その後すぐ今度は食事が運ばれてきた。焼きそばとライスどちらにします?飲み物はコーヒーでよろしかったですか?と聞いてきたので、おおさすがはファーストクラス、食事がつくのかとライスとコーヒーというと。25RMですと言われた。なんだ金を取るならいらないと断ろうかと思うが、すでに僕のテーブルに食事が置かれてしまっており、また彼女があまりにもにこやかに笑うので僕は言われるままお金を手渡した。こんなことを続けていたらいくら金があっても足りやしない。しかも食事とコーヒーの味は最悪だった。

 しばらくすると車掌が切符のチェックにきた。僕は彼に切符を手渡すとシェーシェーと言って返してくれた。やっぱり僕は中国人に見えるらしい。それから7時間程走ってほぼ定刻通りに列車はマレーシアの首都クアラルンプールへと着いた。車窓は延々と定期的に植えられたゴムの木林を写していたが、車内TVで上映されていたマ―ズアタックが印象的だった。

 ここでは乗り換えに30分しかなく仮にも首都の鉄道駅なのでどんなに広いのかと思いきやホームが3つしかない。そのうちの1つは閉鎖されていたので僕は反対側のホームへ移っただけで5分もかからず乗り換えることができた。

 次はここからバタワースまで寝台車で移動だ。僕は自分の予約してある寝台2等の列車に乗りこんだ。臭い。それが第一印象だった。どうしてこんなに臭いんだろうと言うほど臭い。またエアコン車であるにもかかわらず非常に蒸し暑かった。僕のベットは2段ベットの下段の方だったが、まわりに日本人らしき姿もなく寝台車といっても日本円で1500円くらいのいわゆる現地の足的な列車だったので、乗りこむなり荷物に鍵をかけ眠りについた。

 ふと目をさます。時計は朝6時をさしていた。あと40分程でペナン島の最寄駅バタワースに到着する。窓の外はまだ暗かった。僕はもう一眠りすることにした。しばらくするとバタワースへの到着を知らせるアナウンスが流れてきた。車掌がベットをノックして回っている。荷物を担いでバタワースの駅に降り立つと、ペナン島へのフェリー乗り場へと急いだ。そこには現地の人、人、人で溢れていた。日本人らしき人はいないか目で探すがどうやらいないらしい。僕はそのまま0.6RM払ってフェリーと呼んでいいものか疑問に思う船へと乗りこんだ。運賃はペナン島への往路のみ有料で日本円で約18円。

 15分ほど揺られて船はペナン島のジョージタウンへと到着した。今日はペナン通り沿いのホテルに泊まることを決めていたのでバス停へと向かうが、ここにバス停と呼べるものは無かった。ただバスが止まる場所があるだけであり、行き先はもちろん時刻表すらない。幸い横を見ると旅行客らしき2人組みの女の子達がいたのでペナン通りへ行くバスはどれか聞いてみた。すると彼女達もわからないらしく止まっていたバスの運転手と何やら話しをしている。彼女達がこれで良いみたいだと言うので一緒に乗りこんだ。まもなくしてバスは次の停留所へと到着する。すると彼女達は先に乗りこんでいた同い年くらいの現地の女の子達と話をしたらこれはペナン通りにはいかないことがわかったらしく、降りましょうと言われたので一緒に降りる。今日はどこに泊まるつもりなのか?と聞かれたのでオリエンタルホテルだと言うと、予約したの?と聞くのでいやこれからと答えると笑ってじゃあ一緒に行きましょうと言って3人でタクシーに乗った。

 それから5分もしないうちにタクシーは賑やかな通りの前に泊まった。ここがオリエンタルホテルだと言うので見ると古めかしげなホテルが1つある。僕達はタクシーを降り荷物をかつぐ。タクシー代は割り勘の約束だったので、いくらか?と聞くといやいいよと彼女達が出してくれた。彼女達は中国系らしかったが、どこの国から来たのかは聞けずじまいだった。彼女達は2人で、僕は1人でそれぞれチェックインする。いくらか聞いてみると1泊69RMというのでとりあえず1泊泊まることにした。日本円で約2000円。

 ホテルに荷物を降ろすなり僕はインターネットへの接続を試みた。16.4KBPSだがなんとかつながった。僕は日本の友人に電子メールで近況を書いて送った。その後片道15分ほど歩いてシティバンクにお金を下ろしに行く。とりあえず1万円くらいおろして僕はまたホテルへと戻りすぐさまホテルの横のカレー屋に入る。チキンのカレーとコーラ1杯で5.3RM、日本円で約160円。味はなかなかのもので、上機嫌で堪能していると僕のお皿の横を特大のゴキブリが我が物顔で歩いて行くではないか。一瞬硬直したがそのまま慌ててご飯をかき込む。こちらのゴキブリは人見知りしないようで、周りの人達も特に驚いてはいないようだ。いつ今度は僕の手をよじ登ってくるかわからない状況だったので慌てて店を後にした。

 部屋に戻りメールチェックを試みる。すると日本の友人からの返信が何通か届いていた。それに返事を書いた後、その中にシティーバンクの日本の連絡先が書かれたメールがあったので国際電話をかけてみる。コレクトコールはもちろんのこと、国際電話すら何やらガイダンスが流れて通じない。シンガポールで小池さんが、マレーシアではちゃんとしたホテルに泊まらないと国際電話がかけられないからねと忠告されていたのだが、僕にとってはこのクラスのホテルが限界だ。これ以上良いところに止まったら僕は一月もしないうちに帰国するはめになってしまう。

 また電話回線の品質が良くないのか2回に1回は接続に失敗した。しかも接続速度が一定ではなく24Kでつながったかと思えば16Kに満たないことすらあった。シンガポールではつねに28.8Kbpsで非常に安定していたが、やはりシンガポールのようにはいかないみたいだ。

 17時間の列車の移動で少し疲れていたので、大事を取って少し休むことにする。2、3時間寝た頃だろうか、窓の外からスピーカーを通して大音量でムスリム調の宗教音楽が流れてくる。いったいこれは何だろう。お祭りでもあるのだろうか。

 時計を見ると夕方6時くらいだったので、僕は通りへ出て食事にすることにした。するとホテルのすぐ近くに日本料理屋がある。入り口の張り紙には釜飯12RMとあった。中に入ると店員がいらっしゃいませと日本語で話し掛けてきた。一瞬日本人かなと思ったがどうやら現地の人達のようだ。ビールはいかがですかと言うので、いくらするのかと聞くと8RMだと言う。日本円だと240円、こちらの物価からするとけして安くはないが、話をするチャンスかもしれないと思いきって注文した。

 日本人はよく来るんですか?そう尋ねると、時々と店主ははにかんで笑った。ただそこのおじさんは日本人ですというので振り返ると、どこか人生を投げたようなおじさんが1人船盛りのさしみをつまみに1杯やっていた。僕は挨拶をし、2言3言会話を交わす。するとおじさんはペナン島に住んでもうしばらくなるとのことだった。僕は先程の音楽は何か尋ねると、このあたりはムスリム系のインド人移民が多いらしく、イスラム経の宗教行事で1日5回毎日流れるとのことだった。僕はなるほどと納得する。

 明日ペナン島をあちこち行ってみようかと思うんですがおすすめはどこでしょう?と尋ねると、このあたりは昔ながらの街並みやお寺を見るくらいで何もないんだよねえ〜と言いつつも、そういえばペナンヒルに上るとペナン島が一望できるし、ケーブルカーで登って行くのも楽しいかもしれないよと教えてくれた。僕は明日行ってみますと礼を言う。おじさんはそれではおやすみと言って帰っていった。僕もしばらくしてホテルに戻ることにする。お勘定をたのむと25RMだった。釜飯が12RMでビールが8RM、サービス料が5RMとレシートには書かれていた。日本円で約750円。高いと思ったがこの島へ来てはじめて日本語が聞けたのと、なにより釜飯がとてもおいしかった。日本人が作ったと言われても信じてしまうほどだ。僕はごちそうさまと日本語で礼を言い店をでる。彼らもありがとございましたと片言の日本語で返してくれた。

 僕はホテルに戻ってもう1泊するつもりであることを告げると部屋に入るなりベットに倒れこむ。とりあえず今日は日記だけつけて眠ることにした。明日はこの島をぶらりと歩いてみることにしよう。

 

 

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