旅日記20 ケニア編 Vol.2 「大自然に抱かれて」 |
2月24日(晴)〜25日(晴)
昨夜のナクル湖から車でさらに5時間程走ったところにあるケニア最大のサファリ、マサイマラ国立保護区に移動する。 ここは国境を挟んでタンザニアのセレンゲッティ国立公園と繋がっておりその規模は東アフリカ最大、いわばサファリのメッカといったところだろうか。またここはプールや豪華レストラン完備のロッジがいくつもあり設備的にも優れたところだが、金の無い僕がそんなところに泊まれるはずも無く、僕を乗せた車はテントが数個設置されたキャンプ場に到着した。 実はこの日の早朝、ピタが昼食の弁当と一緒にオンボロテントを車に運び込んでいたので、もしかしたら現地に着いたら一緒に張るのか?と、ここにつくまで不安だったのだがこれはピタ用のものらしく、僕のテントは客用のもう少しまともなしっかりとした作りのテントだった。一応ほっとする。 キャンプ場には料理を作ってくれるコックが1人在中していたが、コックといっても掘っ建て小屋で兄ちゃんが鍋に肉やら野菜やらを炒めてドカッと持ってくるだけで、自分で作りこそしないもののひたすらワイルドな生活であることに変わりはない。 しかもここはマサイ族の住んでいる村から徒歩5分のところにあり、キャンプ場にもマサイが何人かうろうろしていた。 彼等は思ったよりフレンドリーだったが、いったいここで何をしているのだろう。 この日は長時間の移動だったので、夕方から2時間だけゲームドライブする。シマウマやインパラをはじめとする草食動物を少し見ることができたが、近場だけだった為かあまり動物自体見かけなかった。ただここはとてつもなくでかい所らしくいくら走っても延々とサバンナが続いていた。 キャンプ場に戻るとドイツ人の陽気なおっさんが話しかけてきた。彼の話によるといまここに泊まっているのは、僕とこのおっさん2人だけのようで、明日からは一緒に行動するとのこと。簡単に自己紹介をするが名前が難しくて覚えられなかった。
マサイ達が枯れ枝を拾ってきてくれ、それを薪にし火を焚いてくれた。マサイとドイツ人のおっさんと一緒に焚き火にあたる。 夜になり夕食の時間になったので少し離れたところにある食事用の小屋まで歩き、ドイツ人のおっさんとお互いのことをあれこれと座談する。 おっさんにどうして1人なのかと尋ねると、奥さんと子供を誘ったが皆アフリカを嫌がってオーストラリアに行ってしまったとのこと。でもどうしても自分はアフリカに行きたかったので、ロンリープラネット片手に1人で来たと言っていた。 僕は相変わらず英語で事情を説明するのが面倒なので、学生で卒業旅行をしていることにする。ここではしばらくこれで通そう。 サファリの事や今まで旅した場所のこと、スポーツの事などで話は盛りあがる。 食事が終わるとテントに戻って蚊取り線香をあちこちに並べてセットする。ここはもちろん蚊帳なんてものは無い。 マラリアの蚊は夜間活動するので、すでに習慣となりつつある「日没と共に就寝」の体制に入る。疲れていたせいかすぐに眠ることができた。
しかし4、5時間眠っただろう夜も深まった頃、何やらテントの周りでガサガサと物音がする。泥棒か?一瞬にして体が硬直する。 だが下手に騒ぐと命の危険があると思い、そのまま寝たふりをして状況を見守る。 ここのテントは当然ながら鍵などなく、チャックをビーっと開ければ誰でも簡単に入って来れる。しかもここはアフリカ、何が起こっても不思議ではない。 ひょっとして近くの村からマサイが襲ってきたのではなどとあれこれ想像をめぐらす。とりあえずここは最悪金目のものは全部とられても、命の安全を最重視すべきと腹をくくった。 真っ暗で何も見えない。しかしテントの周りでガサガサとまるで何かを物色するような音が続く。しばらくして音が止み、隣のテントの方が騒がしくなった。少ししてドイツ人のおっさんが小声でHelp me!と言っているのが聞こえた。しかし他に声は無く悲鳴や叫び声は起こらない。心の中でおっさんの無事を祈る。 しばらく息を潜めていたが、物音が止んでしばらくして僕はまた眠ってしまった。 朝目覚めるとすぐに何か無くなったものは無いか確認するが、とりあえず何も盗られてはいない様子。入り口のジッパーの所に蚊が入ってこないように内側からガムテープで塞いであったのだが、それも昨夜僕が張った時と同じ状態で残っていた。誰かがテント内に進入した痕跡が無いことがわかりほっとする。 朝食の時にドイツ人のおっさんに昨夜の出来事を話すと、とりあえず襲われはしなかったがテントの周りで何やらガサガサと音がして、しばらく恐くて眠れなかったとのこと。 後でピタにそのことを話すと、それはたぶん野生のサルの仕業だよと笑っていた。 泥棒の心配は無いのかとおっさんがピタに聞いていたが、その為にマサイ達がセキュリティーとして見張りしてるんだよと言う。ああ、あのマサイ達はガードマン役だったのかと、心の中で昨夜少し疑ったことを詫びた。
今日は朝からピタとドイツ人のおっさんと3人でゲームドライブに出かける。初めこそ昨日と同じ動物が殆どいない草原が続いたが、タンザニアの国境が近づくにつれ、驚くほど膨大な数の動物達が出迎えてくれた。 例えばシマウマなどは、広がるサバンナ一面に群れをなしその数は数百を越える。お目当ての1つであった象やキリンといった大型の草食動物の群れにも会うことができた。 しばらく走ると車はタンザニアとの国境地点に到着する。国境といっても石碑がただ1個ぽつんとあるだけで他には何もない。そこにはKとTという文字が刻まれ間に一本棒線が引かれているだけ。おそらくこのKというのがケニア、Tがタンザニアを指しているのだろう。 僕達はタンザニアのビザを持っていなかったので、ここで曲がってさらに川の方へ向かいひた走る。 川辺に着いて車を降りる。するとベレー帽を被ったレンジャーが近づいてきて護衛をしてくれるとのこと。肩に担いだライフルが光る。 一緒に川岸を歩いて行くとカバの群れに出会った。しかし皆水につかっており、目と鼻、そして耳だけが出ているだけ。 おっさんが姿を見せてくれと叫ぶが当然ながら反応なし。How much!と陽気なジョークをカバ達に投げかけている。 しかししばらくしてレンジャーとおっさんが何やら話しをしている隙に、カバ達がいきなり雄たけびをあげて立ち上がってじゃれあった。 僕は偶然カメラを構えていたので、それをパチリ。おっさんも慌ててカメラを構えるが時すでに遅し、カバ達はまた元の水の中へ入ってしまっていた。 レンジャーがJapanese is lucky , German is unluckyと言って笑った。 この後川の近くの木陰で弁当を広げてピタと3人で昼食を取る。しばらくするとサルの群れが近づいてきた。 野生のサルだが人馴れしているらしく平気で近くまで寄ってくる。昼食の入った鍋やらバナナやらを狙って走ってくるので、その度にピタが威嚇する。 車の窓が開いていたので、サル達が車内に入っていたずらを始めた。慌てて追い払う。 おっさんが弁当のジャガイモやらカリフラワーをサルに投げると、物の見事にそれをジャンピングキャッチした。おっさんは調子に乗って手渡しでサルに餌をやるとサル達がわっと群がりおっさんの手からそれをもぎ取っていった。 何を思ったかこの人は立ち上がって今度はバナナの皮を構える。するとサルがジャンプしてそれをつかみ、口にくわえて走り去った。仲間のサルが羨ましげにその後を追う。 おっさんが写真を撮ってくれというので、そのキャッチシーンを取るべくおっさんのカメラを受け取り構える。サルは見事にまたそれをキャッチしたが、ボタンを押してからシャッターが切れるまでワンテンポ遅れるのでちょっとミスする。 おっさんが失敗か?と心配げにこちらを見るので、うーん多分大丈夫と笑ってごまかす。
昼食後、まだ見ぬライオンを追い求めて走りまわるが、昼間ライオン達は茂みの中で寝ているとのこと。あまりにも暑かったので少し走って近くにあるロッジのバーで一休みする。 さすがは高級ロッジ、殆どリゾートホテルと化していた。2時間程3人で雑談し、その間にコーラを3本飲んだ。1本あたり70ケニアシリング、約110円。ここの物価は日本と殆んど変わらない。 夕方になってちょっと涼しくなったので、ゲームドライブを再開する。しかしやはりライオンは見当たらない。 それでも広がる大草原に群れをなす草食動物の姿は美しい。キリンも10数頭群れをなしていた。ちょっと感動。 ライオンは見れなかったけど、これでもう十分満喫したと思っていたところに、少し離れた場所にサファリカーが4〜5台止まっているのが見えた。 ピタが言ってみようと呟き、そこへ向かって車を走らす。 すると、いた!ライオンが2,3,4、、、6頭。横になって休んでいる。フィルムは後3枚だったが一応1枚パチリ。 またしばらく走ると今度は3頭のライオンが、しかも悠々と歩いていた。こでも1枚パチリ。そのまま様子を見ているといきなりライオン達が小走りに走りだした。 このライオン達にはまだ誰も気づいていないのか、僕達の車だけがその後を追う。 どんどんと小高い丘をライオン達は軽快に走る。列が乱れると先頭のライオンがしばらく立ち止まって、一番後ろからついてくるライオンを待ったりして3頭は仲良く散歩を続けた。 少ししていきなり立ち止まったので、どうしたのだろうと除きこむといきなり一頭のライオンが雄たけびを上げる。すると小高い丘の上から先程の6頭のライオン達がいっせいに駆け出してきた。皆喜びの雄たけびを上げながらじゃれあって再開を喜びあう。そのあまりの美しさに感動し、ブラボー、ファイン、ファンタスティック、知っている限りの素晴らしいという意味の言葉を連発する。ここで最後の1枚のシャッターを切って、カメラは無機質な機械音を上げてフイルムを播き戻し始めた。 しかしこの後すぐにとんでもないことが起こる。 このじゃれあったライオン達が、数十メートル離れたところから、じゃれあいながら僕達の車のまん前まで楽しそうに歩いてきたのだ。その距離わずか5メートル。 まるで台本があるかのような、この大自然のドラマは素晴らしいクライマックスを用意してくれた。 僕が、くそっもうフィルムが無いよと悔しがると、おっさんは君はまだいい、私なんか最後の1枚がサルのジャンプキャッチだからねと肩を上げてみせる。思わず顔を見合わせて笑った。本当にこの人はおもしろい人だ。
初め2〜3台しかいなかった車も、この光景を聞きつけてか5分もしないうちにその数を20台以上に伸ばしていた。後ろを振り返りさすがに閉口。 しかしライオン達もさすがに飽きたのか、まらバラバラに散らばって休みはじめた。 時計ももう6時を過ぎていたので、キャンプ場に向かって走り出す。 感動したよ、すごくツイてると僕が言うとピタが、皆ライオン好きだね、サファリには他にも沢山動物がいるのにとこぼした。 するとおっさんが、いいんだよ我々はツーリストなんだから、ライオンが好きに決まってるじゃないかと大声で笑う。僕もつられて笑った。
車はサバンナの地平線に沈む夕日の光を浴びながらひた走る。 真っ赤な太陽の光が、雲の間からまるでカーテンのように神々しく美しい光を降り注いでいる。思わずここでエンディングテーマを流したくなるそんな雰囲気。 筋書きの無いドラマは最高の結末を用意してくれた。本当にカメラを回していたら1本番組が作れるよと、そんな俗なことをつい考えてしまう。 前回の夜明けのアンコールに続いて、僕はまた1つ一生忘れる事の出来ない名場面をこの胸に刻み込むことが出来た。
キャンプ場に戻って夕食までの間、おっさんと雑談する。話はチップの事になり、僕が日本の代理店からドライバーには車1台あたり1日15~20US$、コックには1日5$あげてくれと言われた事を話すと、そいつは高い、私の持っている本にはコックには1日1.5$と書いてあると言う。 確かに僕も高いと思ったので、コックには2日で3ドルずつ渡すことにした。 ドライバーももっと安くしようよと言われたが、契約によってはチップがそのまま給料の所もあったりするので、あんまり値切ると可哀相だよと言うと、おっさんもピタに対しては友情のようなものが芽生え始めていたせいか、じゃあ1日1台15ドルにしようとその値段で了承してくれた。 夕食を終えた頃にピタがやって来た。おっさんとピタが何やら雑談をはじめる。僕もしばらくつきあうが、夜もふけてきておりマラリアの心配があったので先に失礼することにした。 しかし小屋の出口で懐中電灯をつけようとスイッチを入れるがつかない。どうやら壊れてしまったみたいだ。 たまたまコック氏が通りかかったので、彼のランプを頼りにテントまでついてきてもらう。お礼に30シリング約50円を手渡すと、彼は遠慮がちにサンキューと言ってそれを受け取った。 明りが無いと何も見えないので、とりあえず木の枝にかけてあったランプを1つ借りてテント内に入る。いつものように蚊取り線香をつけようとするが、今度はライターがつかない。 困って隣のテントを覗くが、おっさんはまだ帰ってきていない様子。すると今度はたまたま通りかかったマサイがどうしたと聞いてきたので、火が欲しいのだけどと言うと消えかかって煙だけを上げている焚き火を指さす。 いやそうじゃなくて蚊取り線香に火をつけたいんだと言うと、ランプの蓋をあけてそれに火をつけてくれた。 お礼にマサイにも残った小銭30シリングを手渡すと、キョトンとしてそれを受け取った。マサイもお金はわかるはずだが、チップの習慣が無いのだろうか。 ひょっとしたらお礼を言う習慣が無いのかもしれない。 この日はマサイがテントの近くで見張りをしてくれていたので、静かに休むことができた。マサイは赤い布を1枚体に巻きつけただけで、パンツもはかずいつもこん棒みたいな杖を持っていて、一見恐そうだが結構いい人達である。 明日はもうナイロビに戻るんだなと、遠いアフリカでのキャンプ生活から開放される安心感と、少しの寂しさが入り混じった複雑な思いを抱いて眠りについた。
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