旅日記63 ベルギー編
はミュージシャン」

7月16〜18日

 偶然同じ電車だった有田君と一緒に、ブリュッセルのユースホステルに向かう。南駅から地下鉄に乗って、ボタンキュアへ向かうつもりが、なぜかトラム(路面 電車) に乗ってしまい、途中乗り換えるはめになったが、親切なおばさんのおかげで事なきを得た。しかしユースに来てみるといっぱいだと言われる。

じゃあいつなら空いているんだよと言いたくなったが、ここで紹介してもらった近くのユースに、空きがあり、そこにチェックインすることができた。ここがドミトリー1泊1200円。

昼食にパスタをシェアして食べた後、有田君は町へ、僕は前日ほとんど寝ていないので、とりあえず眠ることにする。

夜7時に起きて夕食のはずが、気づくと深夜12時。9時間近く寝ていたことになる。有田君もまだ起きていたので、僕持参のサンパウロで買った食材を使い、カレーを作って食べた。そして3時ごろ再び就寝。まったく食うことと、寝ることしかしていない。

翌朝、有田君がチェックアウトしていくのをベットの中から見送る。 昼頃起き出し、町をぶらついてみることにした。まずは世界で最も美しい広場と言われるグランプラスに行く。12世紀から15世紀にかけて建てられたという市庁舎が、さすがという一言に集約されるほど、壮麗で堂々とした貫禄をかもしだしている。

 その後少し歩いて、かの有名な小便小僧の像へ行く。世界中から彼に衣装が送られてくるとかで、それを着せた写真が、すぐ横の土産物屋に張られていた。

各国の民族衣装などもあり、日本のそれは桃太郎だ。ちゃんと犬、キジ、猿のぬ い ぐるみもついており、かわいらしくて笑える。

その後スーパーで買い物をして宿に戻ると、久々にたまった洗濯物をやっつけることに。しかしこれが結構な値段で、洗濯機+乾燥機がセットになって500円近くとられた。うーん、高い。

夕方ギターを取り出して、アムステルダムで書いた曲に手を加える。これで1曲完成。この旅に出てやっと2曲目だ。

 さらに翌日、ショッピングストリートで靴を買った。サンパウロで買ったバッタモン中国産ナイキがあったのだが、バッタモンだけあって、これが左右1サイズ近く大きさが違い、おまけに小サイズの方の左足は、ニューヨークの怪我以来大きくなってしまっているため、右足は問題ないものの、左が痛くてとてもじゃないがはけたもんではない。運悪くためし履きした方は右足だったみたいだ。

今後のことを考え、ちゃんとしたコンバースのスニーカーをカードで購入。その足でグランプラスのトーマスクックに行く。ここでカードでトラベラーズチェックが作れると聞いたからだ。

しかしいざ作ろうとすると、何やらステータスが出てくるらしく作れないとのこと。限度額エラーと言われる。でもこのカードで買ったものは、さっきの靴と、今日の宿代のみで、1万円も使っていない。そんなはずはないのだが、、、。

しかたないので、宿に戻り、部屋でギター片手に曲を書くことに。今日はお得意の?哀しい恋の歌だ。しかしテーマが今の自分にちょうどよかったのか?詞も曲もいっきにできてしまった。少し切なげなこの曲のタイトルを、So Long(さようなら)と名付けた。

なんだかまだできそうな気がしたので、もうちょっと頑張ってみると、もう1曲、詞曲共にできあがる。これまで半年で1曲しかかけなかったのに、この3日で3曲。何かあったのか?俺?と思わず自分につっこみたくなる好ペースだ。久々にミュージシャンらしいライフワークだ。

書きあがった曲を口ずさんでいると、同じ部屋のアルジェリア人2人組が帰ってきた。僕がギターを持っているのを見て、弾いてみてくれというので1、2曲歌う。すると他の部屋のニューヨークに住んでいるという黒人の女の子がやってきて、いい声だね、もっと聞かせてくれというので、さらに何曲か歌っていると、僕達の部屋には、あっという間に7〜8人の観客が出来上がってしまった。

日本の歌、君のオリジナルを聞かせてほしいというので、1曲歌うことに。するとそれを英語に訳してほしいといわれる。良い歌だと思う、でも詞がわかればもっとよくわかると思うからと言われる。が、僕にそんな英語力はないので、あらすじだけ簡単に説明した。たしかに言われる通りだ。難しい注文だったが、そこまでちゃんと聞いてくれていることにうれしく思う。

またアルジェリアの2人組も、彼の歌は最高だろ?と他の住人に、まるで自分のことのように自慢している。さっきはじめてあったばかりなのに、なんだか昔からの仲間みたいだなと、少しおかしかった。それでも僕には歌があって、ミュージシャンをやっていてよかったなと思わずにはいられない。そんな1日だった。

 

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