旅日記4 シンガポール編 vol.1 「曇ち雨」

 

128日 曇のち雨

 

 僕は朝目を覚ますとすぐに荷物をまとめホテルをチェックアウトし中華街へと向かった。今日はインターネットで予約したマレー鉄道のチケットを日本人の経営するオフィスまで受け取りに行く日だ。

 近くの地下鉄の駅まで歩くがどうやら道に迷ったらしい。昨夜のホテルは簡素な住宅街にある為、辺りには交通手段らしきものがまったく見当たらない。

 しばらく歩くと少し開けた場所に出た。ケンタッキーフライドチキンがあったので店に入りしばらく休むことにした。チキンバーガーのセットを頼む。5.3シンガポール$、日本円で約320円。

 ふと窓の外に目をやるとタクシー乗り場がある。重い荷物を担いで結構な距離を歩いたせいか少し疲れていた。僕はタクシーに乗り込み今日泊まる予定の安宿の名前とアドレスを告げる。しばらく走るとタクシーは止まった。

 運転手がここだと言うので僕はタクシーを降りる。メーターは7$。運転手も7$だと言ったので、そのまま金を払ってホテルらしき建物に入ろうとすると入り口の若者が、ホテルか?と聞いてきた。僕はそうだと言うと、ここにはもうホテルは無いという。以前は確かにあったらしいが少し前に店じまいをしたとのことだった。

 先程のタクシーがUターンをしこれから走り去ろうとしていた。僕は慌てて呼び止め別のホテルの名前とアドレスを告げる。タクシーは5分もしないうちに中華街のあるホテルの前に止まった。メーターは3$20セント。僕はその金額を差し出すと彼はいや4$だと言う。まただ。僕がなぜなんだと言うと君はタクシー乗り場じゃないところでタクシーに乗った。だから4$なんだと言う。ホテルがなくなっていたのだからしょうがないじゃないかと食い下がるが、そんなことは知らないと僕の差し出した金をつっかえす。僕はうんざりしながら4$を彼に手渡した。

 ホテルにチェックインする。ロイヤルピーコックという名前のこのホテルは建物も綺麗で手ごろな値段。1泊65$、日本円で約3900円と僕にはけして安くはないホテルだったがフロントの女の子が愛想が良くとても親切なのが非常に気に入った。昨日のホテルはまずまずの部屋だったがフロントのおばさんが非常に無愛想で色々質問してもおざなりな返事が返ってくるだけで感じが悪かった。部屋に入るなり僕はインターネットへの接続を試みる。つながった。28KBPSではあったがこの旅で初めてメールチェックができた。僕は上機嫌でもう1泊したい旨を先程のフロントの少女に告げると彼女はとても嬉しそうに笑った。

 僕は地図を片手にアモイロードの旅行代理店に向かう。15分程歩いて奥まった細い路地を通り抜けるとようやく探していた建物が見えてきた。エレベーターで2Fへ上がり受け付けのシンガポール人の女性に予約していたチケットを受け取りに来たことを告げると、彼女はコイケサーン!と叫んだ。

 はいはいと奥の方から返事がして、僕の父親ぐらいの年齢の小柄なおじさんが顔を出した。いやあよくきたねえと小池さんは言いしばらく旅の話をする。

 チケットを受け取った後、韓国での出来事を話しホテルからコレクトコールがかけられなくて困っていることを告げると、それならうちから電話すればいいと先程のシンガポール人の女性に言ってシティーバンクのインターナショナルセンターにつないでくれた。

 日本語の話せる方をお願いしますと言うと、電話先の女性は日本語大丈夫ですと答えた。彼女はグットショーさんという方でトラベラーズチェックの件について色々と調べてくれた。するとすでにストップをかけたからおそらく大丈夫でしょうとのこと。ただ今はオーストラリアにつながっており、この件に関してはフロリダのMsデビーでないと払い戻しの詳細に関してはわからないとのことだったのでMsデビーから夜にでもそちらにお電話させますと言われ、僕は自分のホテルとルームNO、電話番号を伝えて受話器を置いた。どうやらシティーバンクのインターナショナルセンターは12時間ごとにフロリダとオーストラリアで振り分けられているらしい。

 小池さんに礼を言ってオフィスを後にする。小池さんは列車のチケットを買っただけの僕に、何か困ったことがあったらいつでも連絡してきなさいと自宅の電話番号を教えてくれた。

 その足で僕は地下鉄でラッフルズプレイスからオーチャードまで移動する。オーチャードロードをひたすら歩き通り抜けさらに奥の道を右に曲がる。少し行くと日本大使館が見えてきた。僕は大使館で黄熱病の予防接種を受けたいのだがどこへ行けばいいか聞いてみた。僕はこの後アフリカに行く予定になっており、その中でイエローカードの提示を求められる国もある為、黄熱病の予防接種を受ける必要があるのだ。本来なら日本で受けるつもりであったが、黄熱病の予防接種を受けると1ヶ月はその他の予防接種が受けられなくなり、予定していたA型肝炎と破傷風の2回目の予防接種が受けられなくなってしまう。僕は黄熱病の予防接種を後回しにして前の2つを先に受けたのだった。ちなみにこの2つなら1週間後に別の予防接種を受けることが出来る。

 大使館の人の話ではオーチャードロード沿いのジャパングリーンクリニックというところに行けば日本人医師がおり何かわかるかもしれないと言われ、僕は今来た道を引き返すことにした。

 僕は教わったビルに着くとエレベーターで20Fまで上る。そこの受け付けで聞くとここではできないのでとTan Tocksengのバケーションセンターという所の住所と電話番号を教わった。礼を言ってそこを後にしエレベーターに乗ると中年の中国人男性が何やら中国語で話かけてきた。僕は日本人なので中国語はわからないと言うと、君は顔がチャイニーズなので中国人かと思ったと言われた。韓国では韓国人に間違われ、シンガポールでは中国人に中国人かと間違われる。いったい何人なのか自分でもわからなくなりそうだ。

 喉がかわいていたので隣のビルのセブンイレブンに入った。コーラを買う。1$20セント、日本円で約70円。僕は日本の感覚で入り口付近まで歩いてキャッシャーを探す。無い。振り返ると店の一番奥にそれらしきものがある。引き返してすいませんと言うとキャッシャーの女性に君はハックルベリーだねと言われてしまった。

 地下鉄にのり自分のホテルへ戻ると黄熱病の予防接種を受けるためにアポイントの電話を入れた。そこは日本語が通じないと聞いていたので少し不安になりながらも自分がこの後アフリカに行くので予防接種をお願いしたいと話す。すると明日は土曜日で午前中は一応診察しているが、予約でいっぱいなので月曜日にしてくれないかと言われた。僕は日曜日にはマレーシアに発ってしまうので何とか明日お願いしますと頼むと、では明日の12時までに来てくれと言われた。

 少しおなかがすいてきたので中華街へと繰り出す。1件のこじんまりした店に入った。そこは日本で言う大衆食堂の中華版といった感じの店で、差し出されたメニューを見るがさっぱりわからなかったのでおすすめは何かと聞いてみた。するとライスは好きかと聞かれたので、好きだと答えると店の奥の調理場までそのおばさんは僕を連れて行き、好きなものを選べと言う。骨付きのチキンと魚のフライを指差すとOKと笑い飲み物はいいのか?と聞いてくる。コーラーを頼んで席に戻りおばさんが料理を運んでくるのを待った。これで5$、日本円で約310円。味は上々だった。

 僕はホテルに戻り電話を待つ。しかしいくら待ってもかかってこない。フロントでコレクトコールをかけるにはどうしたら良いかと訪ねると、前の店でテレホンカードを買いそのすぐ横の公衆電話でかければいいと教えてくれた。昨日のホテルとは違いまったくこのホテルは親切だ。僕は言われた通り5$のテレホンカードを買って公衆電話へと向かう。そこには4台の公衆電話があったが、あいにく全部ふさがっていた。すぐ空くだろうと待つことにしたが皆なかなかおわらない。1人が受話器を置いたので急いで駆け寄ろうとするが、すぐさま別のところへ電話をかけはじめてしまった。結局30分近くそこで待ってようやく電話をかけることができた。しかし電話すると何やらガイダンスが流れてつながらない。僕はしかたがないのでホテルへと戻り一般の国際電話で電話をかける。しかしこの番号はつかわれていないと無機質なガイダンスが繰り返される。昼間はつながったはずなので、僕は慌てて小池さんの自宅に電話をかけた。すると小池さんはおそらくカントリーコードが必要なんじゃないかなあとのこと。

 国際電話をかけるときはまず001を押して、国番号、市外局番、それからローカルナンバーになるのだ。僕はホテルのロビーでアメリカのカントリーコードは何番かとたずねると1番だと教えてくれた。再度公衆電話からインターナショナルコレクトコールを交換手に頼むがうまく伝わらない。しかたなしにホテルからかけるとようやくつながった。

 今日トラベラーズチェックの件でミスデビーから電話をもらうことになっているが、電話がかかってこないんだと話すと今日彼女は休みだと言う。どうしたらいいかと尋ねると調べるからちょっと待ってくれと言われ、そのまま30分近く待たされる。そして次にでた言葉は今からどうするか検討するので2時間後に電話をまたかけてくれとのこと。僕はこのホテルではコレクトコールが使えないからできればそちらからかけてはもらえないだろうかとお願いするが、それはできないときっぱりと断られてしまった。

 僕は2時間待ってからもう一度電話をかけた。時間は現地時間で深夜1時過ぎ。するとまた15分近くまたされ、彼女は僕にいくつか質問をはじめた。通訳を通して質問に答える。5分ぐらい話しただろうか、エイミーシェルと名乗った彼女の口から思いもよらない答えが返ってきた。「再発行はできない」僕はなぜだと声をあらげると、トラベラーズチェックを盗まれたのはあなたの責任であり我々は責任を持てない。盗まれたあなたが悪いのでよって再発行はできないとのことだった。それはおかしいと抗議するが、これは決定事項なのであなたが何を言おうが変わらないと言う。じゃあMsデビーを出してくれと言うとデビーは今日は休みでこの件に関しては彼女よりもっと上の人間が決めたことだからと言う。僕は懸命にそれはおかしいからなんとかしてほしいと話を続けるが、彼女は東京のあなたの住所になぜ再発行ができないかを書いた手紙を送るから、それを読んでクレームをつけるなりなんなりすればいい、これ以上あなたと議論する余地は無いし、これから何度電話をかけてこようとあなたは私と話をすることはできないと僕がまだ話しをしているにもかかわらず、一方的にそう言い放ち電話を切ってしまった。

 僕は言いようの無い深い絶望感に襲われた。

 しばらくして僕は日本の恋人の元へ電話をかけた。そして事情を説明しこの旅が途中で終わってしまうことになりそうだと告げる。彼女は懸命に励ましてくれたが僕を包みこんだ深い絶望感が重い鎖のようにきつく僕を締め付ける。

 もう駄目かもしれない。僕はそう呟く。悔しさのあまり涙が溢れてきた。

 盗まれたトラベラーズチェックがストップが間に合わず使われてしまったのなら、まだあきらめもつく。しかしちゃんとストップすることができたのに盗まれたのは僕の責任だから再発行ができないと一方的に言われて電話を切られてしまう。僕はただひたすら悔しかった。

 いつしか振り出した横殴りの雨が、部屋の窓をビシビシと打ちつける。彼女は今日は疲れているからゆっくり休んでまた明日考えてみたらいいよと励ましてくれた。きっと何か方法があるはずだからあきらめちゃ駄目と励ましてくれた。

 僕は「ああ」とだけ答えて受話器を置いた。

 

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