旅日記21  ケニア編 Vol.3  「自然の則」

 

226日(晴)

 

 朝食をドイツ人のおっさんと一緒に取りアドレスの交換をした。名前を確認するが、汚い字で小難しく長ったらしいのでよくわからない。

 朝食後、コック氏にチップを渡す。するとやはり額が少なかったのかあまり嬉しそうな顔をしない。セキュリティーにもと言われたので、マサイに100シリング札を1枚渡した。日本円で160円。もう少しあげたかったが、あいにく小さなお金が無かった。

 僕の後に続いておっさんもチップを渡す。5ドル札しかなかったらしく、どうするのか見ているとちゃっかりおつりを2ドル貰っていた。

 セキュリティーにもと言われ、マサイにそのおつりを渡すのかと思いきや、10シリングコインを2枚チャリンと渡す。日本円で30円くらい。さすがにマサイもムッとしていた。

 

 荷物をまとめて車に積む。コック氏と握手をしてまた会いましょうと言うと、嬉しそうに笑ってくれた。

 マサイ達とも握手をしてお礼を言って別れる。おっさんはマサイはまったく無視。マサイもおっさんを睨んでいる。きっとここのマサイはドイツ人が嫌いになるに違いない。

 これから5時間かけてナイロビのホテルへと向かう。途中で1度トイレ休憩を取ることになった。

 ここは表が売店になっていて、奥まった所にトイレがある。先におっさんが、僕が後から入る。トイレから出ようとするとトイレ掃除の兄ちゃんが、使用料を払えと言う。

 小銭が無いからと断るが、払わないと通さないといったように手を広げて出口を塞ぐ。他に人気も無かったので、しかたなく1ドル札を渡すとこのことは内緒にしてくれといったそぶりを見せた。

 売店でおっさんが何やらみやげ物を見ていたので、トイレの使用料について話すとそんなものはやはり無いらしく、おっさんも払えと言われたが小銭が無いと言って頑として出てきたとのこと。やっぱりやられたのだなと今更ながら痛感する。

 その後マサイのお守りという首飾りを見ていると、店のアフリカンらしき輩がよってきてしつこく買え買えとまくし立てる。

 1つ気に入ったのがあったので、いくらだと聞くと45ドルという答えが返ってきた。馬鹿にするなと怒って店を出ると、しつこくついてきていくらなら買うと迫ってくる。1ドルだと言うと、たったの1ドルかと怒った顔をする。それならいらないと車に乗りこむが、開いている窓から手を入れて勝手にドアを開けていくらだいくらだと迫る。

 ピタに助けを求めようとするが、ピタもおっさんも奥のバーで何か飲み物を飲んでいるみたいだ。

 あまりにしつこいので1ドルしか持っていないんだというと、じゃあシリングでかまわないという。

 うっとうしかったので、200シリングしかないそれで良ければ買うがそれしか無いんだと強く言うと、さっきの1ドルがあるじゃないか、200シリングと1ドルでOKだと言われた。

 腕をつかんで離さなかったので、わかったと言って合計4ドル相当を払おうとすると、店の別の人間を連れてきて彼に渡せという。その店員に金を渡し首飾りを貰う。

 するとうっとうしいアフリカンは、やったと叫んでその店員からお礼に1ドルもらっていた。つまり奴は店とはまったく関係の無い人間だったのである。

 それを見ていた他のアフリカンが、俺も俺もと集まってきて、あれを買え、金を替えろと騒ぎ出した。

 これ以上ボラれてたまるかと「もう金なんて無い、うんざりだ!」と日本語で怒鳴って車に乗りこみ、ドアというドアをロックし窓を閉めた。

 窓をドンドンと叩いて何か言っているが、寝たフリをし無視をしているとしばらくして諦めたのか、どこかへ行ってしまった。

 僕がぐったりしているとピタとおっさんが戻って来た。まったく来るのが遅すぎるよと思わず呟く。

 

 この後ナイロビへ向かう車の中で、僕は先程の出来事を反芻していた。はじめ僕はボラれたことにむしょうに腹が立ち、2度とこんな国くるもんかと怒っていたのだが、しばらくしてたった数百円の事に激怒している自分が滑稽に思えてきた。

 確かに何を自分はこんなことくらいで、これ程までに腹を立てているのだろう。

 僕にも原因はあった。実を言うとせっかくだから何か記念になるものを買って帰ろうと先日サファリの途中に寄った高級ロッジで、おみやげものを見ていたのだが、さすがにしっかりしたものしかないらしく、どれも日本円で2000円以上するものばかりだった。

 でもその時はもっと他で安く買えるだろうと敬遠し、その後たまたま少し気に入ったものを見つけたので、安かったら買ってもいいなという気持ちがどこかにあったのも事実である。

 ただ長時間の移動で疲れていたのと、先程のトイレの件で冷静さを欠いており、値段交渉を楽しむような余裕もなく、気持ちの準備も出来ていなかった。いわば無防備な状態だったのである。

 秩序とモラルが保たれた中で安心を求めるなら、しかるべき場所、しかるべき手段でそれ相応の値段で買うべきである。でも正攻法では無く手軽に安く済ませようと思うと、それなりの知恵とバイタリティー、そして駆け引きが必要になる。そこはいわば大自然と同じ、モラルなどは無い力の世界。強いものが勝ち弱いものは負ける。

 負けるのが嫌なら、あらゆる方法で自分を守るべきだし、そういったのが嫌ならしかるべき秩序の保たれた場所以外には足を踏み入れるべきでは無い。

 これは人生にも言えることかもしれないなと自分の半生を振り返りそんな事を考えていた。

 やられるのは弱い自分が弱いことにすら気づかず、何ら自分を守ろうとしない自分が悪いのである。ここアフリカでは無知と無防備は致命傷になりかねないと気持ちを引き締めなおした。

 

 ナイロビについて初日泊まったホテルにチェックインする。ここはセキュリティーがしっかりしているだけに値段も高い。売店を覗くがとてもじゃないが手が出ない。

 アフリカに持ってきたフィルムも切れたので1つ買う。APS40枚撮りが約700円。

 しかし数日のキャンプ生活ですっかりみすぼらしくなっていたのか、レストランでこれみよがしにおざなりな対応をされる。腹を立てて部屋に戻りシャワーを浴び着替えた後、アフリカ初日に世話になった旅行代理店に電話をした。

 すると現金での払い戻しがOKとのことで、わざわざホテルまで届けてくれた。一緒に先程のレストランでお茶をした後、代理店の人を見送る。

 バーでマッチを買ったついでにTUSKERのビールを1本買う。500mlボトルが150シリング、約250円。

 部屋でTVをつけるとイングランドのプレミアリーグの試合がやっていた。試合が終わるとすでにもう8時だった。

 

 

 

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